ラッキーセブンの空を彩る
ジェット風船の半世紀
2026年4月7日、阪神甲子園球場でジェット風船が7シーズンぶりに復活します。コロナ禍で失われたあの光景がいよいよ帰ってくる今、甲子園名物となったジェット風船の歴史を振り返ってみましょう。
ジェット風船とは何か
ジェット風船とは、膨らませたゴム風船の口を開放したときに内部の気圧で空気が勢いよく吹き出す力を推進力として飛ぶ風船のことです。吹き口にはプラスチック製の小さな笛が仕組まれており、飛ばすと独特の音を立てながら舞い上がります。もともとは1970年代から駄菓子屋や祭りの屋台で子ども向けに売られていたおもちゃで、プロ野球の応援グッズとして開発されたものではありませんでした。
発祥の地をめぐる物語
今では「甲子園といえばジェット風船」というイメージが定着していますが、実は発祥の地は広島東洋カープのホームスタジアムである広島市民球場だったとも言われています。カープファンが先駆けてジェット風船応援を取り入れ、それが甲子園にも広がっていったとされています。
プロ野球の応援での使用が初めて確認されたのは1978年(昭和53年)のこと。阪神甲子園球場で行われた阪神対広島戦において、敵地に乗り込んだ広島側のファンが飛ばしたのが始まりとされています。当時、紙吹雪などの使用が禁止されていた中で、おもちゃ店で安価に購入できるジェット風船が代替手段として選ばれたのです。アウェイのファンが始めたという意外な起源は、今となっては知る人も少なくなりました。
なぜ7回裏なのか──「ラッキーセブン」の意味
ジェット風船を飛ばすのは試合の7回裏、ホームチームの攻撃が始まる直前のタイミングです。「ラッキーセブン」とは、野球において7回の攻撃あたりから得点が生まれやすく試合が動きやすいとされることと、「7」が幸運の数字であることから生まれた言葉です。
7回表が終わって攻守が交替するまでの間、スタンドのファンたちは一斉に風船を膨らませ始めます。そして攻撃開始の合図とともに一斉に放つと、何万個もの風船がいっせいに空へ舞い上がり、球場全体が色とりどりの風船で覆われます。グラウンドにも風船が落ちることから、外野フェンス沿いに球場スタッフが一列に並んで回収にあたる光景も、甲子園の7回裏の恒例になっていました。
甲子園を最大の舞台にした理由
日本最大の収容人数
甲子園球場の収容人数は約47,500人と国内最大規模。その広大な外野スタンドを埋め尽くしたファンが一斉に風船を飛ばす光景は、他の球場では再現できないスケールのものでした。
テレビ中継での拡散
民放テレビのプロ野球中継では、7回表終了後にCMに入ることが多い中、サンテレビなどは7回裏のジェット風船飛ばしが終わるまで放送を続けるほど。その壮大な光景が全国に伝わり、他球団への波及につながりました。
熱狂的なファン文化
熱狂的なファンが多いことで知られる阪神タイガースだからこそ、ジェット風船という応援スタイルが根付き、全国に広まる力を持っていたとも言えます。
7年ぶりの復活──新時代のジェット風船
2020年シーズン開幕前のコロナ禍で中止となって以来、ファンからは再開を求める声が絶えませんでした。阪急阪神ホールディングスの定時株主総会でも株主から要望が上がるほどで、球団側も「回収・リサイクルの仕組みを整えて検討したい」と応じていました。
阪神タイガースは慎重に実証実験を重ね、2025年3月9日のオープン戦(対巨人)でポンプ式ジェット風船を試験的に配布。ファンや沿線住民からの意見を集め、衛生面・環境面の問題がないと判断した上で、2026年シーズンからの本格再開を決定しました。
新時代のジェット風船には、いくつかの新しいルールが設けられています。飛沫対策として口ではなく専用ポンプで膨らませること、笛の部分にはペットボトルキャップの再生素材を使用すること、球場内の専用回収ボックスに使用後の風船を持ち込んでリサイクルに協力することなどです。かつては息を吹き込んで膨らませていたあの風船が、環境にやさしい持続可能な演出として生まれ変わります。
2026年4月7日、いよいよ本番
2026年4月7日からの甲子園開幕カード・ヤクルト3連戦から、レギュラーシーズンでは実に7年ぶりとなるジェット風船の復活が実現します。7回裏の攻撃が始まる直前、数万人のファンが一斉にポンプで風船を膨らませ、空へと解き放つ──。あの独特の音とともに空を埋め尽くす光景が甲子園に戻ってきます。
1978年に広島ファンが何気なく飛ばした一本の風船が、約半世紀を経て今もなお甲子園の「名物」として受け継がれています。新しいルールと新しい素材を携えて復活するジェット風船は、これからもラッキーセブンを彩り続けるでしょう。

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